ミドリムシを赤色化する手法を開発、鍵は『かつお出汁』と強い赤色光

2024 年 3 月 29 日


「ミドリムシを赤色化する手法を開発、鍵は『かつお出汁』と強い赤色光」
~遺伝子改変を伴わないプロセス、微細藻類ユーグレナの食品利用拡大につながる知見~


東京理科大学
株式会社ユーグレナ


研究の要旨とポイント

➢ 豊富な栄養素をもち食品として注目される微細藻類ユーグレナ(和名「ミドリムシ」
)は、栄
養素の一つに抗酸化作用をもつカロテノイドを含有しており、健康維持や疾病の予防などへの
効果が期待されています。
➢ 今回、かつお出汁からなる培地と赤色強光照射でユーグレナの赤色化が顕著に促進し、赤色化
した細胞に存在する主要なカロテノイドはジアジノキサンチンであることを突き止めました。
➢ 食品や健康補助食品としてのユーグレナの利用拡大につながる知見であると同時に、カロテノ
イドの生合成経路の理解を深める成果です。



【研究の概要】
東京理科大学理学部第一部物理学科の山下 恭平助教、徳永 英司教授、教養教育研究院の鞆 達也
教授、株式会社ユーグレナの鈴木 健吾氏らの研究グループは、かつお出汁と強い赤色光照射を用い
た培養によって、ユーグレナ(Euglena gracilis、以下「ユーグレナ」
)の顕著な赤色化が促進され、
赤色化した細胞には、ジアジノキサンチンをはじめとするカロテノイド類が存在することを明らか
にしました。また、通常の培養条件下では生成されない未同定のキサントフィルの生成も確認でき
ました。この培養方法は遺伝子組み換えを伴わないことから、食品利用を含む産業応用につながる
可能性が期待されます。


カロテノイドは、黄色または赤色の色素でカロテン類とキサントフィル類の 2 種類があり、食品の
着色料や抗酸化物質として広く使用されてきました。活性酸素の発生を抑え、取り除く抗酸化作用を
もち、ある種のカロテノイドはがんや眼病のリスクを低下させることが報告されるなど、健康食品や
飼料添加物などとしての活用が広がっており、市場は堅調に拡大を続けています。


微細藻類であるユーグレナは、健康維持や疾病予防に資すると期待されるさまざまな成分を含有し
ており、食品や健康食品として利用が進んでいます。ユーグレナの含有成分の一つであるジアトキサ
ンチンをはじめとするカロテノイドは、継続摂取により血糖値の上昇が抑制されることなどが報告さ
れています。しかし、これまで、ユーグレナのカロテノイド生産効率を向上させるための手法につい


てはあまり研究がなされてきませんでした。


そこで本研究グループは、ユーグレナの食品利用拡大を視野に、カロテノイド生産能力に注目して
研究を行いました。その結果、伝統的な日本食であるかつお出汁と強い赤色光照射(605 ~ 660 nm、
1000 ~ 1300 μmol photons/m2/s)を用いた培養によって、ユーグレナのカロテノイド含有率が増加
し、細胞の顕著な赤色化が起こることを明らかにしました。
本研究成果は、2024 年 2 月 12 日に国際学術誌「Plants」にオンライン掲載されました。




図. 通常の条件(培地・光環境)で培養したユーグレナ(ミドリムシ)細胞と培養液(上)、かつお
出汁と強い赤色光で培養したユーグレナ細胞と培養液(下)



【研究の背景】
ユーグレナは健康維持や疾病予防に資すると期待されるさまざまな成分を含有していることから、
食品や健康食品としての利用が進んでいます。また、ユーグレナは比較的少ない資源で高密度に培養
が可能であることから、持続可能な食料資源としての観点からも注目を集めています。


これまでの研究から、ユーグレナの赤色の眼点にはカロテノイドが含まれており、光の刺激に反応
して移動する光走性に重要な役割を果たすことが明らかになっています。カロテノイドは抗酸化作用
をもち、健康維持やがんの予防などに対する効果をもつと考えられている色素です。ユーグレナのカ
ロテノイドは、主にジアジノキサンチン、ジアトキサンチン、ネオキサンチン、β-カロテンからなり、
光を最大限に利用しようとする光応答機構の詳細や生体の構成分子を作り出す生合成経路について
の研究などが進められています。


本研究グループはこれまでに、ユーグレナの食品産業での利用拡大を視野に、大豆製品や乳製品、
卵などを用いたユーグレナ細胞の増殖と、海苔や煮干しなどの必須ビタミン源を活用する培養方法に
関する特許の取得(※1)や、カロテノイドを単一細胞内で同定する分光学的方法の確立や、一般的な
飲料であるトマトジュースを用いた安価な培養法の開発(※2)などの研究を行ってきました。
食品にはさまざまな成分があり、食品を用いたユーグレナの培養によって有用な成分をより多く産
生する可能性があります。


※1 特許 6998157 号「栄養強化食品の製造方法、ユーグレナ含有食品組成物および食品の栄養
強化方法」
※2 東京理科大学プレスリリース「トマトジュースでユーグレナを培養 ~食用に適した、安価


(2023 年 11 月 16 日)
で簡単なユーグレナ培養方法の開発~」
https://www.tus.ac.jp/today/archive/20231116_7248.html


こうしたこれまでの知見を踏まえ、適切な光条件下で食品の栄養素を含む培地で培養することで、
ユーグレナのカロテノイド含量を増加させることができるのではと仮説を立て、今回、我々日本人に
なじみがあり栄養素が豊富なかつお出汁を含む培地で光条件をコントロールした実験を行いました。


【研究結果の詳細】
培地の組成、照射光の波長、光量の 3 つの観点から、ユーグレナ細胞の赤色化を促す適切な条件を
探索しました。具体的には、培地は独立栄養培地である CM 培地、従属栄養培地である KH 培地に加
え、かつお出汁からなる BS(bonito stock)培地を作成し、紫外(365 nm)から赤色(660 nm)までの
単色光または白色光を、光量を変えて照射し、ユーグレナ細胞の赤色化および増殖について調べまし
た。その結果、強い赤色光照射(605 ~ 660 nm、1000 ~ 1300 μmolphotons/m2/s)を照射し、BS 培
地で培養した場合、最もユーグレナの赤色化が進むことが明らかになりました。




図. 照射光と培養液組成の違いによる培養液の色の変化


赤色化を促す成分を特定するため、ユーグレナの生育に必須であるビタミンと共に、BS に多く含
まれる顕著な成分であるヒスチジン(必須アミノ酸の一種)のみを添加した培地、および、魚介類の
うま味成分である 5′-リボヌクレオチド(イノシン酸とグアニル酸の混合物)のみを添加した培地、
さらには、煮干し、イカ、桜えび、椎茸の煮出し汁での培養も行いました。しかし、いずれの培地で
も、BS 培地のような細胞懸濁液の鮮やかな赤色化は認められませんでした。これは、単一の成分で
はなく、かつお出汁に含まれるさまざまな栄養素の組成がユーグレナの赤色化に影響していることを
示唆する結果です。


赤色化した細胞懸濁液の物質構造を分析するため懸濁液に光を照射し、その吸収スペクトルを測定
した結果、懸濁液の赤色化は、緑色色素であるクロロフィル a の含有量に対するカロテノイドの増加
によるものであり、ユーグレナは CM 培地よりも BS 培地でより多くの種類または量のカロテノイド
を産生していることが示唆されました。





図. 単細胞の吸収スペクトルの比較


次に、赤色化した細胞と CM 培地で培養した細胞から MeOH(メタノール)で抽出したサンプル
を HPLC(高速液体クロマトグラフィー)で分析し、その溶出プロファイルを比較しました。
その結果、赤色化した細胞サンプルでは、これまでのユーグレナのカロテノイドについての研究に
おいて報告されている通り、ジアジノキサンチンがカロテノイドの中で最も高い割合を占めること、
および、通常の培養条件下では生成されない未同定のカロテノイドが合成され、C=O(カルボニル)
結合を含むことが示唆されました。これは未同定のカロテノイドがキサントフィルであることを示し
ています。カロテノイドの一種であるキサントフィルの分子構造には多くの場合 C=O 結合が含まれて
います。カロテノイドにはキサントフィルとカロテンの二つの主要なグループがありますが、キサン
トフィルは酸素(O)を含むカロテノイドで、多くの場合 C=O 結合を持ちます。一方、カロテンは酸
素を含まないカロテノイドで、C=O 結合を持ちません。なお、これらの C=O 結合はキサントフィルの
特有の色を示す理由の一つです。
さらに、BS 培地(白色蛍光灯下、85 μmol photons/m2/s)で培養したコントロールと赤色化した
細胞の HPLC 解析結果を比較すると、コントロールのクロロフィル a のピークの強度(溶出時間:
約 17.4 分)に比べ、赤くなった細胞のピーク(溶出時間:約 17.7 分)は大きく、赤色化した細胞で
はクロロフィル a の分解が進んでいることが示唆されました。これは、BS 培地中で強い赤色光照射
を受けたユーグレナでは、クロロフィル a の分解と退色が促進され、その防御としてキサントフィル
サイクルに寄与するジアジノキサンチンを高濃度に維持し、未同定のキサントフィルを産生するため
だと考えられます。


また、白色光照射条件下(90 μmol photons/m2/s)の BS 培地では、細胞の赤色化は観察されず、
ユーグレナの良好な増殖が確認されました(培養 7 日目で CM 培地での細胞密度の 4 倍以上)
。この
細胞懸濁液は、かつお出汁とユーグレナで構成されているため、栄養価が高いと考えられ、また、強


い赤い光を照射し赤色化したユーグレナにおいても、細胞中に含まれるカロテノイド、特に新たに特
定された未同定のキサントフィルが健康維持や疾病予防に貢献する可能性があります。今回の培養方
法は遺伝子組換えを伴わないことから、食品利用を含む工業的応用が可能であると期待されます。


なお、先行研究では、強い光ストレスを受けるとユーグレナ細胞の総カロテノイド含有量が増加す
ることが報告されていますが、本研究では含有量の変化については検証しておらず、今後の研究にお
ける課題です。


山下助教は「食品のような複雑な素性の培養液におけるユーグレナの成長や細胞応答はまだ解明さ
れていない要素が多く存在する、魅力的な研究テーマです。さまざまな食品と光条件を組み合わせる
試行錯誤の結果、重要な成分として日本の伝統食材であるかつお出汁が見出されたことは、驚きとと
もに、大変うれしく思いました。今後もユーグレナの新たな利用法や機能性に関する理解を深めてい
きたいと考えています」と、本研究についてコメントしています。


※ 本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(21K06101)の助成を受けて実施したものです。



【論文情報】
雑誌名: Plants
論文タイトル: Reddening of the Unicellular Green Alga Euglena gracilis by Dried Bonito
Stock and Intense Red Light Irradiation
著者: Kyohei Yamashita, Ryusei Hanaki, Ayaka Mori, Kengo Suzuki, Tatsuya
Tomo, Eiji Tokunaga
DOI: 10.3390/plants13040510



【発表者】
山下 恭平 東京理科大学 理学部第一部 物理学科 助教 <責任著者>
花木 龍星 東京理科大学 教養教育研究院 神楽坂キャンパス教養部 2022 年度 修士課程修了
森 彩花 東京理科大学大学院 理学研究科 物理学専攻 博士課程 2 年
鈴木 健吾 株式会社ユーグレナ
鞆 達也 東京理科大学 教養教育研究院 神楽坂キャンパス教養部 教授
徳永 英司 東京理科大学 理学部第一部 物理学科 教授





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