ユーグレナのアミノ酸・有機酸発酵におけるpHの重要性を発見

2020年10月2日



ユーグレナのアミノ酸・有機酸発酵における pH の重要性を発⾒
〜ユーグレナは、発酵時の pH で形が変わる〜
微細藻類ユーグレナ(以下、 「ユーグレナ」)は、和名ミドリムシとしても知ら
れる藻類です。光合成を行うことで、光と二酸化酸素を利用でき、また、食品と
しても用いられる生物であることから、環境バイオテクノロジーへの応用が期
待されている生物です。
明治大学農学部農芸化学科環境バイオテクノロジー研究室の小山内崇(准教
授)、吉岡和政(元博士前期課程2年) 、株式会社ユーグレナ・理化学研究所 鈴
木健吾の研究グループは、 ユーグレナを発酵させることで、有機酸やアミノ酸な
どの有用産物を生産させる技術の開発をしています。今回、研究グループは、発
酵時の pH やバッファー(緩衝液)を変えることで、生産される物質の量と種類
が変化することを発見しました。
 ユーグレナは、酸素のない発酵条件に置かれると、コハク酸などの有機酸
や、グルタミン酸・グルタミンなどのアミノ酸を細胞外に放出します。こ
れらの物質は、食品添加物、化学品原料、バイオプラスチックなど様々な
用途に利用することができます。
 発酵条件における pH やバッファー(緩衝液)の種類を検討した結果、ユ
ーグレナの発酵が、pH やバッファーに依存することがわかりました。ま
た、 発酵時には、 やバッファーの種類によってユーグレナの形態が大き
pH
く変化することがわかりました。
 発酵時の細胞密度も物質生産に影響を与え、これらのことから、発酵時の
pH、バッファー、細胞密度を最適化することで、ユーグレナの発酵を制御
できる可能性が示唆されました。

要旨
ユーグレナは、和名ミドリムシとしても知られる藻類です。食品や飲料に利用
されているため、研究者以外の人々にも認知度の高い生物です。ユーグレナは、
光がある条件では、光合成によりパラミロンという多糖を生産します。一方、光
がない条件では、蓄積したパラミロンを分解し、多様な物質を作り出します。特
に、光も酸素もない発酵条件では、細胞外にコハク酸などの有機酸や、グルタミ
ン酸・グルタミンなどのアミノ酸を細胞外に放出することがわかっています。発
酵というと酵母や乳酸菌が有名ですが、近年では、ユーグレナをはじめとする微
細藻類の発酵も研究が進んできました。
今回研究グループは、ユーグレナが作る発酵産物の中で、コハク酸、グルタミ
ン酸、グルタミンに着目しました。コハク酸は、貝の旨味成分としても知られる
物質で、バイオプラスチックの原料にもなる優れた化成品です。また、グルタミ
ン酸やグルタミンは、旨味成分の原料や栄養補助に使われることで有名なアミ
ノ酸です。 過去の研究グループの成果では、 ユーグレナが発酵条件に置かれると、
細胞外にコハク酸、 グルタミン酸、 グルタミンなどを放出することが明らかにさ
注1
れていました 。
今回、研究グループは、ユーグレナの発酵に際し、培地の pH とバッファーの
種類を検討しました。 ユーグレナは一般的に pH3.5 の酸性条件で培養します。 今
回は、pH3 の酸性から pH8 の中性までの間の条件において、ユーグレナを発酵さ
せました。pH 値を調整するためにはバッファー(緩衝液)という試薬を使いま
すが、 こちらも種類によって細胞への影響が異なる可能性があります。 そこで、
今回は、3つのバッファー条件で pH を pH3 から pH8 まで変化させ、発酵産物量
と細胞の形態変化を調べました。
その結果、グルタミン酸やグルタミンの生産量は、酸性で多く、中性で少ない
傾向があることがわかりました。一方、コハク酸の生産量は、pH よりもバッフ
ァーの種類に大きく影響されることがわかりました。特に酢酸をバッファーに
した時には、コハク酸の生産量が大きく減少しました。また、発酵後の細胞は、
酸性条件では細胞が紡錘形をしており、 一方、中性条件では円形をしている傾向
にありました。
さらに、 細胞密度を 10 倍にして発酵させたところ、 コハク酸の生産量は 10 倍
近くの 1.5 g/L に増加しましたが、グルタミン酸生産量は 1.5 倍程度しか増え
ませんでした。 これらのことにより、 細胞密度もユーグレナの発酵に重要な因子
であることが明らかになりました。
このようにユーグレナの発酵に関わる因子が明らかになることで、ユーグレ
ナを用いた二酸化炭素からの物質生産が広がる可能性があります。
この研究は、明治大学農学部 小山内崇(准教授) 、吉岡和政(元博士前期課
程2年) 、株式会社ユーグレナ・理化学研究所 鈴木健吾らによって行われまし
た。この研究は、JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発AL
CA(代表小山内崇)およびJSPS科研費新学術領域研究「新光合成」 (領
域代表基礎生物学研究所皆川純教授、計画班代表大阪大学清水浩教授) 、科研
費基盤 B(代表小山内崇)および理化学研究所/ユーグレナ社の援助により行わ
れました。本研究成果は、2020 年 10 月にオランダの科学誌「Algal
Research」のオンライン版に掲載されました。
※研究グループ
明治大学 農学部農芸化学科
環境バイオテクノロジー研究室
准教授 小山内 崇(おさない たかし)
元博士前期課程2年 吉岡 和政(よしおか かずまさ)


株式会社ユーグレナ
理化学研究所 科技ハブ産連本部 バトンゾーン研究推進プログラム
微細藻類生産制御技術研究チーム
チームリーダー 鈴木 健吾(すずき けんご)
1.背景
ユーグレナは、和名ミドリムシとしても知られ、 食品や化粧品として販売され
ていることから、世間一般に広く知られています。ユーグレナは、真核生物の藻
類に分類されますが、ノリなどの紅藻、コンブなどの褐藻、アオサなどの緑藻と
は異なる独自の属を形成しています。このことから、 ユーグレナは応用研究のみ
ならず、基礎研究でも古くから人々の興味を集めていました。ユーグレナは、他
の藻類と同様に光合成によって二酸化炭素を固定することができます。固定さ
れた二酸化炭素は糖になりますが、植物がデンプンを作るのに対し、 ユーグレナ
はパラミロンという形の変わった糖になります。 パラミロンは、免疫調節機能や
抗ウイルス作用などが期待される有用物質でもあります。
光合成でできたパラミロンですが、光のない暗条件に細胞が置かれると、 細胞
の炭素源・エネルギー源とするために分解されていきます。この際に、外部に酸
素がない嫌気条件では、ユーグレナも発酵を行い、様々な物質を作ります。ユー
グレナが発酵で作る有名な物質の1つがワックスエステルという脂質で、最近
ではジェット燃料への利用で知られています。
過去に研究グループは、ユーグレナを発酵させると、 細胞外に有機酸やアミノ
酸などの有用な物質を放出することを明らかにしました注1。ユーグレナは、有
機酸の中でもコハク酸をよく作ります。コハク酸は、 貝の旨味成分としても知ら
れる物質です。コハク酸はさらにバイオプラスチックの原料にもなるなど、 汎用
的で有用な化学工業原料としても知られています。さらに、ユーグレナは。発酵
時に旨味成分、栄養補助成分として知られているグルタミン酸とグルタミンと
いうアミノ酸を細胞外に放出します。
このように、ユーグレナが発酵時に有機酸やアミノ酸を放出することは明ら
かになっていたのですが、生産物の量や種類を制御する因子は未解明の点が多
く残されています。
今回研究グループは、ユーグレナの発酵に、pH、バッファーの種類、細胞密度
が重要であり、生産物によって大事な因子が異なることを明らかにしました。

2.研究手法と成果
研究グループは、ユーグレナの発酵を異なる pH で行いました。ユーグレナ
は、通常、pH3 という酸性条件で生育します。今回の研究では、発酵を、pH3,
4, 5, 6, 7, 8 の6段階で行いました。
また、pH を調整するには、バッファー(緩衝液)という試薬を使います。バ
ッファーにもいろいろな種類があり、同じ pH であってもバッファーの種類に
よって効果が異なる可能性があります。研究グループは、1)GTA バッファー
という3つの試薬を混ぜてバッファー、2)クエン酸バッファー、3)汎用的
によく使われるバッファー、の3通りの方法で pH を 3〜8 に調節し、ユーグレ
ナを発酵させる実験を行いました。
GTA バッファーで発酵を行ったところ、グルタミン酸とグルタミンの生産量
は、pH3〜5 の酸性条件で多く、pH6〜8 の中性条件で低下する傾向があること
がわかりました(図1)。一方、コハク酸については、pH の影響が比較的少な
いことがわかりました(図1)。発酵によるコハク酸生産をクエン酸バッファ
ーおよび汎用的なバッファーで試したところ、酢酸をバッファーにして pH4, 5
にした時に、コハク酸の生産量が大きく低下することがわかりました。一方、
クエン酸をバッファーにした時には比較的どの pH でも生産量が安定してお
り、このことから、コハク酸生産に適したバッファーがあることがわかりまし
た。
次に、発酵後の細胞の形態を顕微鏡で観察したところ、発酵の pH で細胞の
形態が大きく違うことがわかりました。GTA バッファーで発酵させた後、3 日
後の細胞を観察したところ、酸性側では細胞が紡錘形であったのに対し、中性
側では円形であることがわかりました(図2)。その他のバッファーでもユー
グレナは様々な形になりましたが、有機酸やアミノ酸生産と細胞形態の関係性
はあまりないことがわかりました。
最後に細胞の量(密度)を増加させて、ユーグレナの発酵を行いました。発
酵は、コハク酸をよく作ったクエン酸バッファー(pH6)で行いました。その結
果、コハク酸は細胞量を 10 倍にすると生産量も 10 倍に増えましたが、グルタ
ミン酸は 1.5 倍程度にしか増えませんでした(図3)。このことは、ユーグレ
ナによるグルタミン酸生産は、細胞が高密度な条件は向かないことを示すとと
もに、コハク酸が欲しい場合には細胞を高密度にすればよいということが分か
ります。この時にコハク酸生産量は 1.5 g/L であり、この条件でコハク酸が高
効率で生産されていることがわかりました。
3.今後の期待
このように、ユーグレナの発酵では、pH、バッファーの種類、細胞密度によ
って、生産される物質の量と種類が変化することが分かりました。今後はどの
ような因子が発酵生産物の量や種類を決定しているかなど、メカニズムのレベ
ルで解明することが求められます。
ユーグレナは、食品、化成品、燃料など、多様な物質を生産する能力がある
ことがわかっています。ユーグレナを使った二酸化炭素からの物質生産系が発
展することで、環境にやさしいものづくりが可能となると考えられます。

4.論文情報
<タイトル>
Effect of pH on metabolite excretion and cell morphology of Euglena
gracilis under dark, anaerobic conditions
(日本語タイトル 暗嫌気条件におけるユーグレナグラシリスの物質生産と細
胞形態の pH 効果について)
<著者名>
Kazumasa Yoshioka, Kengo Suzuki, Takash Osanai

<雑誌>
Algal Research

<DOI>
doi: https://doi.org/10.1016/j.algal.2020.102084

5.補足説明
注 1)ユーグレナによるアミノ酸生産のプレスリリース
ユーグレナの光合成を活用したアミノ酸生産の可能性を示唆 2018 年 12 月 10
日 明治大学
https://www.meiji.ac.jp/koho/press/2018/6t5h7p00000tked3.html
Yuko Tomita, Masahiro Takeya, Kengo Suzuki, Nobuko Nitta, Chieko
Higuchi, Yuka Marukawa-Hashimoto, Takashi Osanai (2019) Amino Acid
Excretion from Euglena gracilis Cells in Dark and Anaerobic
Conditions. Algal Research 37: 169-177. DOI
https://doi.org/10.1016/j.algal.2018.11.017
グルタ ミ ン 酸 グルタ ミ ン コ ハク 酸


a a a
a a ac
80 100 a 200
ac ac
b 80 ac bc

mg/L




mg/L




mg/L
60 b
40 b b 100

20 c c c 50


pH3 pH4 pH5 pH6 pH7 pH8 pH3 pH4 pH5 pH6 pH7 pH8 pH3 pH4 pH5 pH6 pH7 pH8





コ ハク 酸 200
コ ハク 酸
b b
b c
# #
150 150 a
a
a
mg/L




mg/L




a
100 100 a ad


50 50 pH4 or 5
bd
b

pH3 pH4 pH5 pH6 pH7 pH8 pH3 pH4 pH5 pH6 pH7 pH8




図 1. 様々なバッファーで発酵させた際のグルタミン酸、グルタミン、コハク
酸の生産量。発酵は3日間行い、発酵後に細胞外に放出された量を測定し、平
均と標準偏差で表した。アルファベットの違いは、有意差を表し、同じ文字を
含まない場合に有意差がある。
図 2. 発酵後のユーグレナ細胞
様々な pH の GTA バッファーで3日間発酵させたユーグレナ培養液を光学顕微
鏡で観察。典型的な細胞の図を掲載した。
細胞量(細胞密度)を7倍、10倍にして発酵
グルタ ミ ン 酸 グルタ ミ ン コ ハク 酸









mg/L




mg/L
mg/L











OD730 OD730 OD730




1.5



も し コ ハク 酸を 作り たいな ら ば、 細胞は
高密度にし た方がよ い


図 3. 細胞密度変化による物質生産量の変化
クエン酸バッファー(pH6)を用いて、ユーグレナを3日間発酵させた。ユー
グレナの発酵を、通常の濁度(OD730 = 20)に加え、7倍と10倍に増やして行
った(OD730 = 140, 200)。発酵後に細胞外に放出された量を測定し、平均と標
準偏差で表した。

20614

新着おすすめ記事