ユーグレナの光合成を活用したアミノ酸生産の可能性を示唆

報道関係 各位 2018年12月10日


ユーグレナの光合成を活用した
アミノ酸生産の可能性を示唆
明治大学大学院農学研究科環境バイオテクノロジー研究室
およびユーグレナ社の研究成果

 明治大学大学院農学研究科環境バイオテクノロジー研究室の小山内崇(准教授)と冨田芙
結子(博士前期課程2年)及び株式会社ユーグレナ(本社:東京都港区、代表取締役社
長:出雲充、以下「ユーグレナ社」)の鈴木健吾執行役員研究開発担当らの研究グループ
は、微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ、以下「ユーグレナ」)を発酵させると、アミ
ノ酸などの30種類以上の化合物を細胞外に放出することを明らかにした。

 細胞外に放出される化合物のうち、産業に広く使われるグルタミン酸は、発酵時の pH によ
って生産量が制御されていることが明らかになった。

 今回生産されたアミノ酸は CO2 を炭素源として細胞内で合成されており、ユーグレナを用い
た環境に優しいアミノ酸生産の可能性が示唆された。

―要旨―
明治大学農学部・小山内崇准教授およびユーグレナ社らは発酵条件(暗・嫌気条件注 1))で培養したユーグ
レナが、細胞外に様々なアミノ酸を放出することを発見しました。特にグルタミン酸に関しては、発酵条件の
pH が生産量に大きく影響を与えることを明らかにしました。

アミノ酸はタンパク質を構成する代謝産物として知られており、他にも細胞内の代謝や環境応答に重要な役
割を担います。工業的には、薬理機能を利用した薬品への利用をはじめ、呈味(ていみ)成分として食品添加
物や、飼料の栄養補助などと幅広い分野で活用が期待されています。特にグルタミン酸は、最も市場規模の大
きなアミノ酸の一つで、年間 330 万トンが発酵法によって生産されています。アミノ酸の主な工業生産方法は
発酵法であり、主に使用される生産株は、コリネバクテリウムや、大腸菌、酵母などの生育に糖などの炭素源
を必要とする従属栄養生物です。しかし、これらの生物による発酵法では、生産時に使う糖源のコストの割合
が大きいため、糖の代替となる炭素源が望まれています。

本研究で使用したユーグレナは、植物と同じように光合成によって増殖します。また、増殖時には温室効果
ガスの一つである CO2 を光合成によって吸収するため、ユーグレナをはじめとする微細藻類を使用した物質生産
は環境負荷の低減につながると考えられています。
本研究グループでは、光合成によって増殖させたユーグレナを、発酵条件(暗・嫌気条件)下に移行した際
に、細胞外にアミノ酸を放出することを発見しました。アミノ酸の生産量は、発酵時に培地の成分であるリン
酸水素アンモニウムの濃度を変化させることで変化しました。アミノ酸のうち、グルタミン酸に関しては、発
酵条件での pH によって生産量が制御されていることが分かりました。このように本研究では、ユーグレナの光
合成を基盤としたアミノ酸の生産技術を開発しました。今後、光合成生物を利用した物質生産が発展すること
で、環境問題の一つである温室効果ガス削減に寄与できるなど、持続可能な循環型社会への推進が期待できま
す。


この研究は、明治大学大学院 農学研究科 冨田 結芙子、竹屋 壮浩ら(ともに博士前期課程2年)により進
められ、ユーグレナ社 鈴木 健吾執行役員研究開発担当らの研究グループと共同で行ったものです。また、こ
の研究は、JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCA(代表小山内崇)およびJSPS
科研費新学術領域研究「新光合成」(領域代表基礎生物学研究所皆川純教授、計画班代表大阪大学清水浩教授)
の援助により行われました。本研究成果は、2018 年 12 月 4 日(火)発行の科学雑誌「Algal Research」に掲載
されました。

※ 研究グループ
明治大学大学院農学研究科 環境バイオテクノロジー研究室
准教授 小山内 崇(おさない たかし)
博士前期課程 2 年 冨田 結芙子(とみた ゆうこ)
博士前期課程 2 年 竹屋 壮浩 (たけや まさひろ)

株式会社 ユーグレナ
執行役員研究開発担当 鈴木 健吾(すずき けんご)
研究員 橋本 祐佳(はしもと ゆか)
研究員 新田 伸子(にった のぶこ)
研究員 樋口 千恵子(ひぐち ちえこ)

1:背景
ユーグレナは単細胞の真核微細藻類の一種で、光合成によって増殖します。一方で、鞭毛による自発的な運
動性を示すなど、植物と動物の両方の性質を併せ持つ生物です。生育時には光合成により CO2 を吸収し、貯蔵多
糖であるパラミロン注 2)やアミノ酸、有機酸などを炭素源として固定することが知られています。
本研究グループでは、ユーグレナの中でも最も研究が盛んに行われている Euglena gracilis(ユーグレナ・
グラシリス)を用いて研究を行いました。ユーグレナは、発酵条件(嫌気・暗条件)下での培養によって、バ
イオプラスチックの原料であるコハク酸・乳酸などの有機酸を細胞外に放出することが知られています。ま
た、ユーグレナはユーグレナ社により屋外での大量培養が可能になったため、多方面での実用化が期待されて
いる微細藻類の一つでもあります。

2:研究手法と成果
ユーグレナを明・好気条件下で培養を行ったのち、発酵条件下に移行させたところ、38 種類ものアミノ酸な
どの代謝産物が細胞外に検出されました(図 1) 。最も多く検出されたアミノ酸であるアルギニンやアラニン
は、培養液あたり 50 mg/L 以上生産され、次いでロイシン・リジン・バリンが、培養液あたり 30~50 mg/L 生
産されました。





本研究では、発酵条件の変化がアミノ酸生産量に与える影響を検証するために、培地中のリン酸水素アンモ
ニウムの濃度を変化させました。嫌気培養後の細胞外のアミノ酸量の生産量は様々に変化し、特にグルタミン
酸量は、リン酸水素アンモニウムの濃度依存的に生産量が増減しました。通常培養条件の3倍量までの添加量
ではグルタミン酸生産が抑制される一方で、通常培養条件の 6 倍量以上の濃度では、グルタミン酸生産が促進
されました (図 2)。




次に、リン酸水素アンモニウム添加によって、なぜグルタミン酸生産量が変化したかを調べました。リン酸
水素アンモニウムの代わりに、様々なアンモニウム塩、リン酸塩を添加したところ、硫酸アンモニウムではグ
ルタミン酸生産量が変化しませんでした(図 3 上部)。一方、リン酸塩では、リン酸水素二カリウムまたはリン
酸水素二ナトリウムの添加によってグルタミン酸量は変化しましたが、リン酸二水素カリウムでは変化があり
ませんでした (図 3 下部)。





これらのことから、リン酸水素アンモニウム添加によるグルタミン酸生産量の変化は、アンモニアでもリン
酸でもなく、リン酸水素イオンによる pH 変化の可能性が考えられました。
リン酸水素アンモニウム添加による培地の pH 変化を調べたところ、グルタミン酸量が減少するときの pH は
6.5 であり、グルタミン酸量が増加するときの pH は 7.5 になっていました。そこで、緩衝液を用いて pH を一
定に保ち、ユーグレナの発酵を行いました。その結果、pH6.5 ではグルタミン酸量が減少し、pH7.5 ではグルタ
ミン酸量が増加しました (図 4)。このことから、ユーグレナの発酵条件におけるグルタミン酸の生産量は pH に
よって制御され、pH を 7 以上に維持することで通常培養条件の 4 倍以上生産することが分かりました。




3:今後の期待
今回の研究では、ユーグレナが発酵条件で様々なアミノ酸を細胞外に放出し、グルタミン酸に関しては、生
産量が pH に依存することを明らかにしました。今後は、その他のアミノ酸の生産量の増加やアミノ酸生産メカ
ニズムの解明が期待されます。

4:論文情報
<論文タイトル>Amino Acid Excretion from Euglena gracilis Cells in Dark and Anaerobic Conditions
<日本語タイトル>Euglena gracilis による暗・嫌気条件下でのアミノ酸放出
<著者名>Yuko Tomita, Masahiro Takeya, Kengo Suzuki, Nobuko Nitta, Chieko Higuchi, Yuka Marukawa-
Hashimoto, Takashi Osanai
<雑誌名>Algal Research

5:補足説明
注 1)発酵条件(暗・嫌気条件)
密閉により、酸素濃度をできるだけ低くした培養条件。ユーグレナなどの光合成を行う生物は、光が存在する
と光合成により酸素を発生させてしまうため、暗条件下にすることで嫌気状態を保っている。
注 2) パラミロン
グルコースの 1,3-結合で重合した多糖類。ユーグレナは光合成により同化した炭素源を貯蔵多糖のパラミロン
として蓄積する。





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