高活性な水素発生電極触媒を開発 ー白金とタングステンの新規な固溶合金ナノ粒子によってー

プレスリリース

報道関係 各位
2020 年 10 月 6 日
日本曹達株式会社
京都大学

高活性な水素発生電極触媒を開発
―白金とタングステンの新規な固溶合金ナノ粒子によって―

日本曹達株式会社 (同社千葉研究所) 小林大哉 研究員らと京都大学大学院理学研究科 北川宏 教授らの
グループは、新たに白金とタングステンの固溶合金(1)ナノ粒子 (白金-タングステン固溶合金)の合成に成功
しました。また、この白金-タングステン固溶合金を用いた水の電気分解による水素発生反応 (Hydrogen
evolution reaction (HER))(2)において、触媒活性の世界最高レベルの高性能化を達成しました。


HER は白金原子上におけるプロトン(水素イオン)の還元反応(3)と、それに続く吸着水素原子間の結合
反応(4)によって、水から水素ガスを発生する反応であり、化石燃料に代わるクリーン燃料の水素の製造方法
として極めて重要な技術です。HER において、白金は最も高活性な元素であることが知られていますが、
白金の地殻存在量は極めて低く、かつ高価なため、白金を用いた触媒には更なる効率化が求められています。
今回開発した白金-タングステンの新規な固溶合金は、10 mA/cm2(ミリアンペア毎平方センチメートル)
の電流密度(5)に必要な過電圧が、従来の白金単体の触媒と比較して 7 割程度でよく、高効率な水素発生触媒
であることが明らかとなりました。さらに、単位白金質量当たりの水素発生効率が白金よりも 3.6 倍高く、
性能が劇的に向上することを確認しました。


本成果は、2020 年 9 月 30 日に米国化学会の国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」に
オンライン掲載されました。




過電圧が加えられた白金―タングステン固溶合金ナノ粒子から、水素ガスが発生するイメージ図
(銀色=白金原子、緑色=タングステン原子)。
水素発生反応の活性サイトは、タングステン原子近傍の薄青色の白金原子。
1.背景
HER に関する研究は、持続可能な社会を構築するための鍵となる技術として注目されています。水を原料
とした水素発生電極触媒としては、貴金属である白金の水素生成効率が最も高く、潜在能力の高い材料で
あることが知られています。しかしながら、白金は高価かつ埋蔵量が少ないために、使用量削減や、触媒を
高効率化することが求められています。
白金触媒の高活性化には、水素原子と触媒表面との吸着エネルギー(6)を調整することが重要と考えられて
おり、白金を基本元素とした固溶合金ナノ粒子による改善が検討されています。
現在まで、HER において検討されている白金をベースとした固溶合金は、主に周期表の 8~11 族の金属
元素を用いた検討に留まっています。この理由として、周期表 3~7 族のモリブデンやタングステンなどの
前駆体カチオン (7) (陽イオン)は、大きな負の酸化還元電位を持つために還元されにくく、白金と固溶化
させることが極めて難しいためです。
本研究では、白金とタングステンの新規な固溶合金ナノ粒子の創出を目的とし、さらに、HER プロセスに
おける水素原子との吸着エネルギーの緩和による水素発生触媒としての高性能化の検討を行いました。


2.研究手法・成果
通常、固溶合金ナノ粒子の合成は、複数種の前駆体カチオンと還元剤を共存させることで達成されます。
本研究の白金-タングステン固溶合金合成は、タングステンが還元されにくく、白金とタングステン前駆体
カチオンの酸化還元電位差がある ことを考慮し、熱分解法 (Thermal decomposition)(8) によって達成
されました。収差補正走査透過電子顕微鏡(9)の EDS 分析(10)より、合成した固溶合金はタングステンが数パー
セント白金にドーピング(11)された直径約 5 nm の白金-タングステン固溶合金であることが明らかとなり
ました。(図 1)
この白金-タングステン固溶合金を用いて、酸性条件下における HER 特性を評価した所、10 mA/cm2 の
電流密度に必要な過電圧は、白金単体のおよそ 7 割程度であることから、高効率な水素発生触媒となること
が明らかとなりました。さらに、白金-タングステン固溶合金の単位白金質量当たりの活性は白金よりも
3.6 倍高く、水素発生効率が劇的に向上することも見出しました。
これらの白金-タングステン固溶合金の高活性化のメカニズムについて、理論計算した所、タングステン
原子に隣接する白金原子が負電荷を帯びることによって、水素原子との吸着エネルギーが弱められることが
分かりました。白金と水素原子との吸着エネルギーを弱めることで、触媒上で還元された水素原子が水素
分子としてさらに放出されやすくなるため、理論計算結果は実験結果を支持するものと結論付けました。


3.波及効果、今後の予定
HER 用途において、白金と周期表 3~7 族の遷移金属からなる固溶合金の報告例はほとんどなく、本研究
成果は新たな固溶合金材料創出の可能性を示すものと言えます。今後のプロジェクトにおいて、白金―タン
グステン固溶合金に関しては、白金に対するタングステンの含有量を増量させることで、白金の活性サイト
が増加し、さらなる高活性化が期待できます。また、白金とその他の周期表 3~7 族の遷移金属を組み合わせ、
HER 触媒としての材料最適化を行うことで、飛躍的な活性向上に繋がる可能性があります。高性能な HER
触媒の実現は、クリーン燃料の水素の効率的な生産に応用可能など、安全でエコロジーな社会の実現に貢献
できると考えています。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、日本曹達株式会社と京都大学大学院理学研究科化学専攻固体物性化学研究室 (代表:北川宏
教授)の産学共同研究によって実施されました。




<用語説明>
(1) 固溶合金:2 種類以上の元素がランダムに原子レベルで溶け合い、全体が均一の固相となっているもの
(固溶体)のうち、金属特性を有するもの。


(2) 水素発生反応 (Hydrogen evolution reaction (HER)):水の電気分解による水素発生反応。


(3) プロトンの還元反応:H+ + e- → Hads にて表され、水素原子が生成する反応。


(4) 吸着水素原子間の結合反応:Hads + Hads →H2 にて表され、吸着水素原子の結合反応によって水素ガス
が発生。


(5) 電流密度:単位面積当りに流れる電流の大きさ。


(6) 吸着エネルギー:固体表面に水素原子が吸着した際のエネルギー変化。界面原子は近接した化学種を
結合し、自由エネルギーを小さくしようとする現象。


(7) 前駆体カチオン:金属単体を得るための前駆体となる金属陽イオン。これを還元させることで金属単体
が得られる。


(8) 熱分解法 (Thermal decomposition):加熱によって、前駆体化合物の熱分解を促すことで、固溶体を
合成する方法。


(9) 収差補正走査透過電子顕微鏡による EDS 分析:透過型電子顕微鏡の1つ。集束レンズによって細く絞っ
た電子線プローブを試料上で走査し、各々の点での透過電子を検出することで像を得る。本研究では九州
大学超顕微研究センターの JEM-ARM200F を利用し、EDS(10)によるマッピング及びライン分析より、白金と
タングステンの固溶を明らかにした。


(10) EDS:Energy Dispersive X-ray Spectroscopy (エネルギー分散型 X 線分光法)。検出される蛍光 X 線に
よって、元素種や組成を調べる分析手法。


(11) ドーピング:結晶の物性を変えるために、僅かな不純物を加えること。
<研究者のコメント>
今回の共同研究成果である新規な白金―タングステン固溶合金を足掛かりに、HER 触媒の材料開発が
加速され、近い将来、水素製造触媒として社会実装されることで、エネルギー問題や環境問題の解決策と
なりうると期待しています。




<論文タイトルと著者>
タイトル:Significant Enhancement of Hydrogen Evolution Reaction Activity by Negatively Charged Pt
through Light Doping of W(タングステンのライトドーピングによって負に帯電した白金による
水素発生反応活性の大幅な向上)
著 者:Daiya Kobayashi, Hirokazu Kobayashi, Dongshuang Wu, Shinya Okazoe, Kohei Kusada,
Tomokazu Yamamoto, Takaaki Toriyama, Syo Matsumura, Shogo Kawaguchi, Yoshiki
Ku-bota, Hiroshi Nakanishi, Shigebumi Arai and Hiroshi Kitagawa
掲 載 誌:Journal of the American Chemical Society DOI:10.1021/jacs.0c07143




<お問い合わせ先>


<研究に関するお問い合わせ>
北川 宏(きたがわ ひろし)
京都大学大学院理学研究科化学専攻・教授
TEL:075-753-4035、080-3965-9575
FAX:075-753-4036
E-mail:kitagawa@kuchem.kyoto-u.ac.jp


<報道に関するお問い合わせ>
京都大学総務部広報課 国際広報室
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp


日本曹達株式会社 総務部広報・IR 課 担当:駒
TEL:03-3245-6056 FAX:03-3245-6238
E-mail:k.koma@nippon-soda.co.jp
<参考図表>




図 1 STEM-EDS マップ:白金とタングステンが均一に存在していることが分かる。




図 2 HER 特性:白金ナノ粒子(市販品(Comm-Pt NPs/C)
、合成品(Pt NPs/C))と白金―タングステン
固溶合金ナノ粒子(PtW NPs/C)の活性比較と水素発生模式図

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